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    時間分解光電子分光法による電子ダイナミクスの直接観測

    当研究室ではさらに、光電子分光とポンプ・プローブ分光法と組み合わせた時間分解光電子分光を行うことで、物質中の非平衡電子ダイナミクスをも明らかにすることを目指しています。放射光施設で得られるピコ秒軟X線パルスから、紫外超短パルスレーザー、高次高調波レーザーなど多彩な光源を使い分けることで、フェムト秒(10-15秒)からマイクロ秒の幅広い時間スケールで物質中の電子が示す動的な振る舞いを取り出すことができます。以下に実験原理と研究例を紹介します。とくに当研究室が共同で管理しているSPring-8の軟X線ビームラインBL07LSUを用いた実験については、独立してページを用意していますので(リンク)こちらも参照してみてください。

    時間分解光電子分光の原理

    光電子分光法では仕事関数以上の光を入射したときに放出される光電子を測定していましたが、ここにもう一つ赤外〜可視の波長の超短パルス光を加えます。この「ポンプ光」のパルスがまず物質を励起し、その後少し遅れてやってくる紫外〜軟X線の「プローブ光」のパルスで光電子分光を行います。下図aがその模式図であり、ポンプ光とプローブ光の時間遅延を変えながら測定していく「ポンプ・プローブ分光法」により、物質内の電子状態の時間変化をストロボ写真のように抽出することができるのです。下図aの右下に並んでいるものがグラフェン上で測定された時間分解光電子スペクトルです(研究例2)。赤い色が電子が増加した領域を、青い色が電子が減少した領域を示しており、光によって電子が上の準位に励起された様子が分かります。さらに時間遅延Δtを増加させていくことで、励起された非平衡状態の電子が平衡状態に緩和していく様子を追跡しています。

    当研究室は、放射光施設SPring-8で得られる軟X線ピコ秒(10-12秒)パルスを使った軟X線時間分解光電子分光が行える、世界でも有数の研究室です。物質とのクロスセクションが小さい軟X線領域でも高効率な測定を行えるよう、飛行時間型電子分析器という特殊な電子分析器を使用しています(下図b)。これは半球形電子分析器のように静電場とスリットでエネルギー分析するのではなく、電子の飛行時間を計測することで光電子のエネルギー分析をしており、スリットを必要せず高い効率を誇ります。軟X線領域の光は原子の電子殻準位(コアレベル:K殻, L殻など)に到達し、コアレベルのエネルギー位置は各物質に固有なので、複雑な化合物に対して構成元素ごとに情報を分解したダイナミクス測定が可能になります(研究例1, 3)。

    一方、価電子帯のバンド構造を見るには、紫外線〜真空紫外線の比較的低いエネルギーの光が適しています。さらにこの領域の光は、近年の光源技術に進歩により、フェムト秒領域の超短パルスを生成することが可能です。当研究室では、柏の極限コヒーレント光科学研究センター(LASOR)において辛研究室・小林研究室・板谷研究室・岡崎研究室と共同研究を行い、最先端の超短パルス紫外レーザーを使った超高速電子ダイナミクスの研究も行っています。さらに、現在スピン分解・角度分解光電子分光と超短パルス紫外レーザーを組み合わせた、スピン・時間・角度分解光電子分光装置の建設を進めています(実験設備参照)。物質の非平衡電子状態全ての情報を取り出せる画期的な装置です。


    研究例1: 軟X線時間分解光電子分光によるTiO2表面での光キャリア再結合時間の決定

     K. Ozawa et al., J. Phys. Chem. Lett. 5, 1953 (2014).



    TiO2はその敏感な光応答性のために光触媒や光電材料への応用の観点から注目を集める物質です。アナターゼ型とルチル型の2つ結晶構造をとり、アナターゼ型の方がルチル型よりも光触媒の活性が高いことが知られています。その微視的な機構として光キャリア再結合時間の違いが提案され、光伝導度の測定や吸収・発光分光などを用いて数多くの検証実験が行われてきましたが、互いに再結合の時間スケールが大きく食い違う奇妙な結果が得られていました。表面でのバンドベンディング(絶縁体において表面電子状態の電荷を遮蔽するために生じるバンド曲がりのこと)が光キャリアの再結合寿命に大きく影響する一方で、これまでの実験手法ではこの影響を抽出することが困難であったためです。

    そこで私たちは、軟X線時間分解光電子分光を用いて、TiO2のTi 2p3/2コアレベルピークのシフトを追跡することでバンドベンディングの時間変化を直接抽出することに成功しました(下図a, b)。さらに、このポンプ光由来のバンドシフトすなわち光起電力の緩和モデルを導入することで、光キャリアの寿命をバンドベンディング量の依存性も含めて明らかにしました(下図c)。全てのバンドベンディング領域において、アナターゼ型やルチル型よりも光キャリア再結合時間が長いことを明確に示しています。TiO2の光触媒活性を巡る長年の謎を解明しただけでなく、表面バンドベンディングの制御による活性の向上という、触媒設計の新たな指針を与える研究です。
    K. Ozawa et al., J. Phys. Chem. Lett. 5, 1953 (2014).

    研究例2: 時間分解・角度分解光電子分光で見たグラフェンの超高速キャリアダイナミクスと緩和過程

     T. Someya et al., Phys. Rev. B 95, 165303 (2017). (Editor's Suggestion)



    光電子分光の研究例で紹介しましたように、グラフェンなどの単原子層物質が一大ブームとなっています。とくに、ハニカム格子に由来する線形分散(ディラックコーン)によってグラフェンは非常に高い電子移動度を持ち、次世代の高速エレクトロニクスへの応用が注目を集めています。さらに、非常に幅広い周波数領域で光応答することができるため、広帯域の波長可変レーザーなど、画期的な光エレクトロニクス応用が期待されています。

    しかし、グラフェン中の光キャリアの振る舞いは未だ完全には分かっていない問題です。とくに、従来の吸収・発光分光などでは、光生成した電子と正孔の状態を分離して観測することが困難でした。私たちは、物性研究所の辛研究室・岡崎研究室、そして東北大学の吹留研究室と共同で、グラフェンの時間分解・角度分解光電子分光を行い、超高速の光キャリアダイナミクスとその緩和過程を直接観測することに成功しました。下図aからfが、グラフェンの線形分散の時間分解光電子分光イメージです。aの負の時間遅延(励起前)のときはフェルミ準位以下の状態しか見えていませんが、時間遅延を正の向きに変えていったbからfでは非占有状態である上側のコーンが観測されています。下図gからkでは、負の時間遅延のときとの差を表示しており、100fs(1fs=10-15秒)以下の時間スケールで、電子が占有準位から非占有準位に光励起され、その後数100fsの時間スケールで緩和していく様子が観測されています。本研究ではさらに、下図lのようなフォノンとの相互作用をモデル化したフィッティングを行うことで、従来重要視されてきたsupercollisionという散乱機構が抑制されていることを明らかにしました。
    T. Someya et al., Phys. Rev. B 95, 165303 (2017). (Editor's Suggestion)