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    雰囲気X線光電子分光の開発と材料表面のオペランド観測

    当研究室では、放射光軟X線を用いた雰囲気X線光電子分光の開発と材料表面のオペランド観測を実施しています。オペランド観測とは、機能性を発現している状態の材料を直接観測することであり、材料本来の姿を明らかにするうえで非常に重要です。強度(フラックス)が高く、光を狙った場所に小さく絞ることができる放射光を用い、従来の超高真空でのX線光電子分光測定をガス雰囲気下で行える仕組みを開発することで、世界有数のオペランド実験を展開しています。このページでは「雰囲気X線光電子分光の原理」とそれを用いた「材料表面のオペランド観測」について紹介します。

    雰囲気X線光電子分光法の原理

    光電子分光法(X-ray photoelectron spectroscopy, XPS)の原理は光電効果です。これは物質に仕事関数以上のエネルギーを持った光を入射すると、光電子が放出される現象です。光電子分光法では、材料にX線と呼ばれるエネルギー領域の電磁波を照射し、放出された光電子の運動エネルギーと強度から、材料表面に存在する元素の種類と化学状態、その存在量に関する情報を得ることができます。

    これをより高圧のガス雰囲気下で行えるようにしたのが、雰囲気X線光電子分光(Ambient pressure XPS, AP-XPS)です。特に軟X線(100 ~ 2000 eV)領域では,光電子の強度はガス分子との衝突によって容易に減衰するため、XPS測定は通常、超高真空中で行われます。AP-XPSでは、ガス雰囲気下の反応室と超高真空下のアナライザーの間を段階的に排気する差動排気系を用いることにより、実環境に近い環境下の試料から放出された光電子を検出します。このほかにも、X線導入管を試料付近まで近づけて軟X線の減衰を抑えたり、試料と差動排気系入口との間の距離を短くして光電子強度の減衰を抑えるなどの工夫を行っています。

    これまで当研究室では、SPring-8の軟X線ビームライン BL07LSU においてNAP-XPS測定を行ってきましたが、2024年度から運用が開始されたNanoTerasuの軟X線ビームライン BL08U に拠点を移し、さらに大気圧に近い圧力下での測定の実現を目指しています。


    研究例1: 軟X線時間分解光電子分光によるTiO2表面での光キャリア再結合時間の決定

     K. Ozawa et al., J. Phys. Chem. Lett. 5, 1953 (2014).



    TiO2はその敏感な光応答性のために光触媒や光電材料への応用の観点から注目を集める物質です。アナターゼ型とルチル型の2つ結晶構造をとり、アナターゼ型の方がルチル型よりも光触媒の活性が高いことが知られています。その微視的な機構として光キャリア再結合時間の違いが提案され、光伝導度の測定や吸収・発光分光などを用いて数多くの検証実験が行われてきましたが、互いに再結合の時間スケールが大きく食い違う奇妙な結果が得られていました。表面でのバンドベンディング(絶縁体において表面電子状態の電荷を遮蔽するために生じるバンド曲がりのこと)が光キャリアの再結合寿命に大きく影響する一方で、これまでの実験手法ではこの影響を抽出することが困難であったためです。

    そこで私たちは、軟X線時間分解光電子分光を用いて、TiO2のTi 2p3/2コアレベルピークのシフトを追跡することでバンドベンディングの時間変化を直接抽出することに成功しました(下図a, b)。さらに、このポンプ光由来のバンドシフトすなわち光起電力の緩和モデルを導入することで、光キャリアの寿命をバンドベンディング量の依存性も含めて明らかにしました(下図c)。全てのバンドベンディング領域において、アナターゼ型やルチル型よりも光キャリア再結合時間が長いことを明確に示しています。TiO2の光触媒活性を巡る長年の謎を解明しただけでなく、表面バンドベンディングの制御による活性の向上という、触媒設計の新たな指針を与える研究です。
    K. Ozawa et al., J. Phys. Chem. Lett. 5, 1953 (2014).

    研究例2: 時間分解・角度分解光電子分光で見たグラフェンの超高速キャリアダイナミクスと緩和過程

     T. Someya et al., Phys. Rev. B 95, 165303 (2017). (Editor's Suggestion)



    光電子分光の研究例で紹介しましたように、グラフェンなどの単原子層物質が一大ブームとなっています。とくに、ハニカム格子に由来する線形分散(ディラックコーン)によってグラフェンは非常に高い電子移動度を持ち、次世代の高速エレクトロニクスへの応用が注目を集めています。さらに、非常に幅広い周波数領域で光応答することができるため、広帯域の波長可変レーザーなど、画期的な光エレクトロニクス応用が期待されています。

    しかし、グラフェン中の光キャリアの振る舞いは未だ完全には分かっていない問題です。とくに、従来の吸収・発光分光などでは、光生成した電子と正孔の状態を分離して観測することが困難でした。私たちは、物性研究所の辛研究室・岡崎研究室、そして東北大学の吹留研究室と共同で、グラフェンの時間分解・角度分解光電子分光を行い、超高速の光キャリアダイナミクスとその緩和過程を直接観測することに成功しました。下図aからfが、グラフェンの線形分散の時間分解光電子分光イメージです。aの負の時間遅延(励起前)のときはフェルミ準位以下の状態しか見えていませんが、時間遅延を正の向きに変えていったbからfでは非占有状態である上側のコーンが観測されています。下図gからkでは、負の時間遅延のときとの差を表示しており、100fs(1fs=10-15秒)以下の時間スケールで、電子が占有準位から非占有準位に光励起され、その後数100fsの時間スケールで緩和していく様子が観測されています。本研究ではさらに、下図lのようなフォノンとの相互作用をモデル化したフィッティングを行うことで、従来重要視されてきたsupercollisionという散乱機構が抑制されていることを明らかにしました。
    T. Someya et al., Phys. Rev. B 95, 165303 (2017). (Editor's Suggestion)